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兵庫開港-5

ここで兵庫の名前がでてくるのは、やはり平清盛が築いた兵庫の津の歴史、それから網屋吉兵衛の船たで場、そして多くの人に知られた天然の良港の立地条件です。

網屋吉兵衛の船たで場があったところは、今では京橋南に碑が残るばかりですが、ここは阪神高速の建設時に埋め立てられたそうです。
彼は私財を投じて船修理場を作りました。
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網屋吉兵衛の船たで場を見た勝海舟はその素晴らしさに驚いたそうです。
咸臨丸の修理にサンフランシスコの浮きドッグを見てきた勝海舟が驚くほどですから、すごいものです。

網屋吉兵衛の話は神戸元町のHPに詳しいです。
http://www.kobe-motomachi.or.jp/cont08/cont08-26.htm

その中に船食虫が出てくるのですが、検索してもその姿を見ることはできませんでした。
なんという恐ろしい虫。
以下、元町のHPから
「船食虫は、軟体動物で白色、紐状をしている。長さ三〇~四五センチになり、太さは七~八ミリにもなる。(昭和30年11月、奄美大島の沈没船から長さ1.63メートル、径約23ミリのものが見つかっている)幼虫は、面盤という円形の蓋をもつ。外形はアサリやシジミに似ている。面盤の上に、二列の繊毛が生えている。繊毛の調節で、海水のなかを器用に上昇する。下降するときは、面盤を貝殻の内部にひきこむ。石ころのように自重で下降する。潮流に上下の運動をかさねて移動する。

 獲物があると、とりついてはなれない。幼虫の貝殻は、精巧なドリルである。木材の内部に、ぐいぐい食い込んでいく。削り取った木屑は、そのまま食糧になる。体が大きくなるにつれて、穴も太くなる。穴と体の間に石灰質の棲管をつくるという、住まい作りの能力にもたける。

 一度木材のなかに食い込むと、二度と外界に出ることはない。最初に食い込んだ入り口にだしている二本の水管だけが外界との接触点である。水管はには、入水と出水の機能がある。呑んだ海水から酸素やプランクトンを吸収する。産卵の時は出水管から吐水とともに排出する。」

網屋吉兵衛の船たで場はこの船食虫を駆除するドックでありました。
Commented by ふくだ at 2005-11-16 00:32
船たで場の模型は神戸海洋博物館に置いてありますね。勝海舟が驚くほどすごいようなものには見えなかったのですが(^_^;、立地も含めて良い場所だと思ったのかもしれません。
Commented by MASAYO at 2005-11-16 21:56
あれ?前からありましたっけ?
見逃しています。
そういえば神戸港の成り立ちのところで清盛とかの絵の並びにありました?
私もちゃちなものを想像していたのですが、あれ?そんなにりっぱなものだったの?って興味がわいてきました。
ふくださんの「塩屋徒然」によりますと、展示部分はタイムズメリケンの頃から増えてないんですね?
Commented by ふくだ at 2005-11-16 23:38
そうです、2階の神戸港の展示のやや奥の方にあります。海洋博物館、正確に昔の展示を覚えているわけではないので、もしかしたら入れ換えたものもあるかもしれませんが、展示の総量は減っています。ポーアイを築いたベルトコンベアや砂利船の模型は消えてしまいました(涙)。
Commented by kobeport at 2005-11-17 00:08
そうでしたか。
タイムズメリケン以後は行ってないので今度、整備が終わったらすぐ飛んで行ってみてみたいと思います。

「山、海へ行く」の事業は須磨のベルトコンベアの跡地を資料館にして展示してほしいですね。
by kobeport | 2005-11-13 21:51 | 神戸 | Comments(4)