2005年 11月 09日
兵庫開港-3
一週間の検討の結果、12.25、幕府は大坂開港承諾を伝えると今度はハリスは、大坂、堺の他に兵庫も開いてくれないかと執拗にせまってきました。
大坂開港のはずだった話が結局、大坂、堺、兵庫の3港の開港を迫ってきました。
そこでたじたじの幕府側は風雨の激しい時は兵庫に入津してもらっていっこうに差し支えないと対応。
するとハリスは兵庫を願ったのは船修理のためであると答えました。
船修理のためだけなら淡路に並ぶ沖ノ島を用意するが。
最後まで兵庫開港を渋る幕府全権。
兵庫は人口が多く、岸頭には余地もないから船の修復場はつくれない。
いや、兵庫は波静かであるから港内でも充分できると。
ハリス側は、もしここで兵庫を開かないと本国に報告すると、なぜ兵庫のような良港を利用しないのだと言ってくるだろう。
幕府側は大坂は開かないというつもりで堺、兵庫のうちどちらか米国の都合のよい方を開いたらよいと思っていたが大坂も開くのに2港も開くのは納得いかない。
大坂、堺は開かないで兵庫だけを開いていいのならそのように取り決めてもいい。>幕府側
この3港の開港をめぐって熾烈な交渉が繰り広げられました。

