加納町の由来
居留地の東端、現在のフラワーロードを流れていた旧生田川は、豪雨のたびに氾らんし、
居留地の外国人から苦情が絶えませんでした。
そこで明治4年(西暦1871年)6月、生田川付替工事が行われ、誕生したのが現在の生田川です。
今度のフラワーロード整備では、小川の流れを取入れ、旧生田川をしのぶことができます。
加納宗七は、紀州の酒造り、廻船業の家に生まれ、神戸で材木、回漕を開業していましたが、
この生田川付替え工事を中心となって請け負うとともに、跡地である旧生田川河川敷も整地して
新しい町づくりを進めました。
神戸の中心地、加納町の名が残っているのは、その業績を讃えたものです。
なお、同郷の先輩、陸奥宗光と親交があり、このモニュメントに刻まれている加納宗七の字も
宗七宛の陸奥の手紙が原点です。
また、小川の流の橋詰に立っている加納橋と彫られた石づくりの欄干は、架橋位置は不詳ですが、風雪に風化した石の表に歳月の流れを感じさせます。
このモニュメントの建立にあたって加納氏の遺族始め、多くの方々の協賛を得たことを付記します。 昭和56年3月 神戸市