2013年 08月 20日
神戸オリーブ園というものがあった!その2
オリーブ園の史実を示す農政文書、「農務顛末」の第6巻第31に
一 暖地植物栽培試験地取設の義
二 栽培所借上げの件
三 栽培地買収の件
四 神戸阿利襪園と改称の件
五 阿利襪油及塩蔵品回送の義
一〇 山林局より地所借受の件
一二 阿利襪油並びに塩蔵品 払下げの件

中西先生は丹念に調べ上げられました。
殖産興業政策といっても、なぜそれがオリーブだったのかと疑問が残るわけ
ですが、当時、農業試験所を設置し海外の動植物を入れるという政策のため
いろんなことが試みられました。
オリーブを始め、ゴム、オレンジ、レモン、ブドウ、ユーカリの6種を試植した
ようですが、このうちオリーブのみがよく育ち土質に適応したそうです。
鉄工や造船業が活気を帯びてきて、油が必要になってきたというのも
オリーブが注目されるひとつだったそうです。
油と言ってもオリーブから採れるオリーブ油は食用くらいにしかならない量だと
思いますが。。。
そしてその神戸阿利襪園で採れたオリーブオイルとオリーブ塩蔵品
を神戸港から兵庫丸にて東京の農商務省に送ったところ、司法省雇仏人
バアソナード氏などは非常に賞賛して、これほどの品なら「何程にても購め得た
しなと言ひたりき」そうです。
その結果、増殖することになり本園550株の他に林山に480株を加え
合計1,030株となりました。
林山というのは、諏訪山あたりの平野浄水場の北側にあたります。
林山官林オリーブ栽培場として苗木栽培などに使われていました。
しかし、神戸阿利襪園が存在していた時期は短く、明治12年に開園してから
払い下げを経て、神戸市農会の設立で神戸オリーブ園の管理委託されたのが
明治37年、林山官林オリーブ栽培場が払い下げられたのが明治42年の記録が
残っているのが最後で、その名は歴史から消えてしまったのです。
今でも北野にオリーブが見られるのはその生き残りかと考えるとロマンが
ありますね。(笑)
オリーブの木が実をつけるのは、必ず雌雄両方を植えないといけないそうです。
講演会に出席された人たちの中から10人、オリーブの鉢植えがプレゼントされました。
当たった人は大喜び。
よかったですね~(*^_^*)

神戸の土地に意外とオリーブがあっているのかもしれません。
街角にオリーブの木を増やそうという気運が盛り上がっているそうです。\(^o^)/
神戸産オリーブ油や、オリーブの実の加工品が造られたらいいですね~

