神戸ゆかりの有名人 横溝正史さん

1902年(明治35年)5月24日、兵庫県神戸市東川崎に
父・宜一郎、母・波摩の三男として生まれる。
父親は岡山県浅口郡(現倉敷市)船穂町柳井原出身。

1920年(大正9年)3月神戸二中(現・兵庫県立兵庫高等学校)を卒業、
第一銀行神戸支店に勤務。

1921年、雑誌『新青年』の懸賞に応募した「恐ろしき四月馬鹿(エイプリル・フール)」が
入選作となる。

1924年、大阪薬学専門学校(大阪大学薬学部の前身校)卒業後、
一旦薬剤師として実家の生薬屋「春秋堂」に従事していたが、
1926年に江戸川乱歩の招きに応じて上京。。。。

と、wikiにはあります。

つまり、横溝正史が神戸にいたのは、24歳頃までということになります。

生家の近くに現在、碑が建立されています。
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横溝正史の生家はこの碑の場所から東へ数十メートル離れた現在は
川崎重工の敷地の中だったそうです。

「…私の生まれて育った神戸の東川崎という町は、川崎造船所
(現在の川崎重工業)周辺の町で、楠木正成の討死した旧湊川の、
デルタ地帯の町である。
 したがって私は楠公神社の氏子であり、しかも楠公さんの祭りの日に
生まれたので、その名も正成にあやかって、父が正史とつけたのだそうな。
だから楠公さんにケが三本たりないのが私ということになる。…」。


横溝正史の両親は岡山から駆け落ちをして神戸に来て、最初に住んだのが
東川崎の地でした。
横溝正史の書いたもので神戸に関するものはあまりないと思っていましたが
「自伝的随筆集」という著書があるのを知りました。

横溝正史に関して、とても詳しく調べられているサイトです。↓
http://www.tokyo-kurenaidan.com/yokomizo-kobe1.htm

「自伝的随筆集」というのも、是非読んでみたいと思っています。

神戸二中を卒業したあと、銀行に勤めているのですが、その勤め先は
現在の地下鉄海岸線「みなと元町駅」になっている当時の第一銀行神戸支店
だったとは!
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by kobeport | 2013-02-08 22:06 | 神戸ゆかりの有名人 | Comments(6)

Commented by seiyo39 at 2013-02-09 05:52
Kobeportさまへ Fr.seiyo39
おはようございます。
下記のサイトにTBさせていただきました。
http://seiyo39.exblog.jp/13991437/
宜しくご承認をお願い致します。
いつも貴サイトを参考にさせていただいています。
今後ともよろしくお願い致します
Commented by 雫石鉄也 at 2013-02-09 08:42 x
この横溝正史生誕地碑の建立に尽力された、神戸探偵小説愛好会の野村恒彦さんは私の友人です。
また、この碑の近く、東川崎町の東川崎地域福祉センターでは、毎年11月に生誕地碑建立N周年記念講演会が行われております。今まで江戸川乱歩研究家の中創作氏や、有栖川有栖氏や、横溝正史のご長男横溝亮一氏が講師でこられました。たぶん今年も11月にあるでしょう。
Commented by tako-sun at 2013-02-09 09:38 x
横溝正史ファンのみならず、神戸に住む人たちにとっても素晴らしいレポートだと思います。
Commented by kobeport at 2013-02-09 22:42
seiyo39さま
TBありがとうございます。
こちらこそいつも楽しみに拝見しております。
いろいろ勉強になります♪
Commented by kobeport at 2013-02-09 22:47
雫石さん、
たぬきそばのお話で、もりあがりましたね、このとき。
TBありがとうございます。
雫石さんはこのような交友関係が多いので、この碑を建立
された関係者をたくさん知っておられることでしょう。

この碑のそばを通るたびに、いい碑ができてよかったなぁと
思います。
Commented by kobeport at 2013-02-09 22:48
tako-sunありがとうございます。
たくさんの方が調べられたことを紹介しただけです。(汗)