2009年 10月 29日
「ここに神戸がある」

「月刊神戸っ子」に1961年4月号から1962年2月号まで
「ここに神戸がある」が10回連載されました。
毎回取材に神戸を訪れられていろんなところを回り神戸について
書いてくださっているのですが、そんな縁で阪神淡路大震災が起きたとき
なんでもいいから神戸について書け、励ませ!ということで書かれたのが
「世界にただ一つの神戸」1955年2・3月号です。
もうこれを読むたびに胸が詰まるのですが、よくぞこんな素晴らしい
文章を神戸の街のために残してくださったと思うばかりです。
司馬遼太郎氏が亡くなられたあと、連載された「ここに神戸がある」を
まとめ、神戸に来られた時のことを陳舜臣さんや田辺聖子さん、五十嵐恭子さんが
書かれているのです。
その本の表紙の煉瓦の建物。
どこだろうとずっと探していましたが、やっと見つけました。(笑)
これですね!
http://www.ishikawa-c.co.jp/corpo/co_building.html

裁判所か、みなと元町の駅か、煉瓦の建物を見るたびに
しげしげと眺めていたのですが、これですっきりしました~(*^_^*)
ステキです。中で働く人は大変でしょうけど・・・。
初めてみたとき、感激しました。
でも詳しくは見てなかった証拠に、司馬遼太郎さんの
「ここに神戸がある」の表紙がわからなかったのです
けどね。(笑)
加藤海運ビル、今はもう使われてないのですね。
きっと取り壊しになるのではないかと先日写真を
いっぱい撮ってきました。(>_<)
昔はにぎわっていたところなんでしょうね。

