2009年 10月 13日
生田神社の歴史
先日25年に一度、本殿などを大規模改修される「式年造替」が
行われましたが、建て替えをする間、ご神体は一時仮殿に
お移ししておりました。
http://homepage2.nifty.com/kobeport/konnamono80.html#kari
そして仮殿から新しくなった本殿にご神体がお戻りになる式典が
9月20日に行われましたが、その式典になんと生田神社をおつくりになった
海上五十狭茅(うなかみのいさち)の子孫の方が出席されておりました。
その方のブログにその時の様子が詳しく描写されていて
非常に興味深く拝見しました。
9月17日と23日の記述のところです。
http://plaza.rakuten.co.jp/skabappy/
海上五十狭茅(うなかみのいさち)といいますと、生田神社のHPにも
次のようにその歴史の中で述べられています。
生田神社におまつりされる神様は稚日女尊(わかひるめのみこと)と申し上げ、
稚く瑞々しい日の女神様であり、伊勢神宮におまつりされる天照皇大神の
御幼名とも伝えられております。
生田神社が御鎮座されたのは、西暦201年に神功皇后の三韓外征の帰途、
神戸港にてお船が進まなくなった為神占を行った所、稚日女尊が現れられ
「吾は活田長峡国に居らむと海上五十狭茅に命じて生田の地に祭らしめ。」
と日本書紀に記されている。
その海上五十狭茅の子孫であられます~\(^o^)/
式年造替の行事のあと、さまざまなイベントが執り行われましたが
生田神社をめぐる歴史のフォーラムも開催され、研究者の大学の先生などの
発表もありました。
その中でもこの方は招待されておりました。(あとになって知りました。。。)

うう~もっとお顔を拝見していればよかったです~
ミーハーとしましては。(>_<)

