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鈴木よねさんの須磨の本宅跡

日経ビジネス 金ぴか偉人伝  
丁稚が創った世界企業~金子直吉伝・12
に、本宅跡の記述が少しあります。
 
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20080917/170752/?P=3

須磨高校の南側ということでしたが、それとおぼしき跡が
ありました。

金ぴか偉人伝には次のようにあります。

2007年秋、高台に羊羹を切り分けたような集合住宅が並んでいる。
神戸市東須磨、風にほんのり潮の香りが漂う。
ここが栄華を極めた鈴木商店「本宅」の跡地である。
鈴木商店が消えて長い歳月が流れた。何の変哲もない団地に変わっていた。


何しろ鈴木邸は本当にすごい豪邸だったようです。

往時をしのばせるものは何も残ってはいない、と諦めかけていると、
敷地のはずれに身の丈ほどの奇妙な隧道が暗い口をあけていた。

鈴木家の勝手口のなごりであった。
このトンネルを通って御用聞きは酒肴を運び、家人は外出した。
恐る恐る隧道に入った。空気は冷たく、異空間に迷い込んだようだ。
歩を進めるごとにタイムスリップする感覚に見舞われた。


団地を捜索すると、これでしょうか!
b0051598_232461.jpg

b0051598_233421.jpg


今は駐車場になっています。
このトンネルが勝手口だった?

南側にも入り口があります。
b0051598_2344131.jpg


石垣もひょっとして本宅の石垣がそのまま残っているのかな?と
想像したりしました。
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by kobeport | 2011-03-02 23:05 | 神戸 | Comments(11)
Commented by seiyo39 at 2013-06-30 08:20
Fr. seiyo39

いつもお世話様です。
Kobeportさん作製のBlogと同じ名前でBlogを書きました
その中でTBとリンクを張らせていただきましたので
お知らせすると共に承認のほど宜しくお願い致します

今回作製のBlogは下記のサイトです
http://seiyo39.exblog.jp/20660417/
Commented by kobeport at 2013-06-30 22:06
seiyo39さん、こちらこそいつもいろいろ教えて
いただいています。
TBありがとうございました。
そしてblogも拝見して、新しいことも知りました。
多岐にわたる取材をいつも感心しております。(*^_^*)
Commented by credo at 2013-07-15 15:46 x
お初にコメント差し上げます。
偶然本稿を拝見して、とても驚きました。

もう40年ほども昔のこと、私が小学校3・4年だった頃、友人に連れられてここを探検したことがあるのです。

友人の自宅は東須磨駅のすぐ山側でしたが、「近所におもしろい遊び場があるんや」と誘われ、近くの団地の丘に上って行きました。

細かな道順は覚えていませんが、古い石垣がつづくあたり、いかにも昔の城跡めいた風情があり、しかもいったい何のためなのか、折れ曲がったトンネルがありまして、(その当時は入口はふさがれておらず、通行可能でした!)懐中電灯をたよりにそこをくぐりぬけて、団地を通り抜けると、見覚えのある白い建物が前方にあらわれました。「須磨高校や」と友人はいいました。

その友人は、幼いころからそこを秘密基地がわりに遊び場にしていたらしく、抜け道やら近道やら熟知していたようですが、まさか、鈴木商店本宅跡であったとは!

その須磨高校もいまは姿なく、少年時代の見慣れた風景がまたひとつ消えて、さびしい思いをしておりましたところ、思いがけなくかつての「秘密基地」の面影に再会できました。本当にありがとうございました。
Commented by kobeport at 2013-07-15 20:46
credoさま
貴重な体験のコメントをありがとうございます。
中は折れ曲がったトンネルのようになっていたのですね。
本当にいったい何だと思ってしまいますよね。

「秘密基地」の思い出は少年時代の懐かしい宝物ですね。
credoさんのワクワク感が伝わってきます。
ここもいずれ、跡かたもなくなり消えていくのでしょうね。

こちらこそ、貴重なお話をありがとうございました。
Commented by credo at 2013-07-15 22:19 x
ご返信ありがとうございます。

トンネルの長さはせいぜい数十mだと思いますが、南側(ご掲載の最後の写真)から入って、大きく右に曲がっていました。おまけにかなりの上り坂なので、出口が見通せないんですね。まるで「千と千尋の神隠し」のように、通り抜けた先には見知らぬ不思議な世界が待っていそうで、内心おっかなびっくりでした(汗)

「金ぴか偉人伝」の筆者の方が訪問されたのが2007年で、その時は中に入られたようですので、トンネルが閉じられたのはごく最近ということになりますね。ちょっと残念。

それにしても、鈴木家本宅跡がいまや三菱の社宅とは・・・世の栄枯盛衰を感じますね(笑)
Commented by kobeport at 2013-07-15 23:42
credoさま
再度ご訪問ありがとうございます。

そんな長い坂道の曲がったトンネルの勝手口を作った
意図が知りたいです。
ひょっとして最初からそのようなものがあってそれを
利用したのでしょうか。
鈴木家本宅が建てられる前のこの地はどのような
ところであったのか、いろいろ知りたいことばかりです。

それにしても今住まわれている方々でも、その地が
鈴木家本宅跡であると知っておられる方も少ないで
しょうね。
Commented by credo at 2013-07-16 21:41 x
懐かしさのあまり、トンネルの謎にずっぽりはまってしまいました(爆)

トンネル自体が勝手口になっていたわけではなく、たぶん、写真①を撮影されたあたりに、家屋の勝手口が設けられていて、そこから急斜面をくだって外部に出る便利な近道として、トンネルが作られたと思います。

写真①②で、急な下り坂がトンネルに向かっていますが、この下りがトンネル内部までそのまま続いているんです。そして途中で左に折れて、石垣の下(写真③)の出口に出るわけです。写真①②で、トンネル左奥に、よく葉の茂った大木が見えますが、写真③の出口の左上にある木と同じだと思います。

途中で折れ曲がっているわけは、おそらく③の出口のところで、土木力学的理由で石垣に斜めに穴をあけるわけにいかなかったか、直線的にトンネルを掘ると勾配が急になりすぎるので、わざと曲げて距離をかせぎ、勾配を緩めようとしたか、その両方ではないかと思います。

それより、なぜこの急斜面の上にわざわざ勝手口を設ける必要があったのか、のほうが気になります。一度近いうちに、現地を再訪して調べてみたいものですね。
Commented by kobeport at 2013-07-16 22:26
credoさん、詳しい推理をありがとうございます。
きっとcredoさんの推察された通り、曲がったトンネルが
作られたんだと思います。

玉岡かおるさんの「お家さん」の中に、鈴木よねさんの
本宅について、広い庭があり、また大きな池も作られていて
いつも鈴木商店の従業員たちを招いてお祝いごとなどを
したとありましたので、大量の酒肴などを運び込むのに
目だたないこんなトンネルの役目もあったのかなと
考えたりします。

ここを見ているといろんな想像がふくらみますね。(笑)
Commented by seiyo39 at 2013-07-17 17:10
credo 様 &kobeport様へ
コメントのやりとりを興味深く見せていただきました。    Kobeportさんから紹介の日経BPの記事で鈴木家当主、鈴木治雄氏(太陽鉱工名誉会長)の2007年秋訪問の際のトンネルの状況
 
「鈴木家の勝手口のなごりであった。このトンネルを通って御用聞きは酒肴を運び、家人は外出した。恐る恐る隧道に入った。空気は冷たく、異空間に迷い込んだようだ。」の部分と米騒動と焼き討ち「トンネルの出口の向こうから、「やれ、やってしまえ」「火をかけろ!」「叩き壊せ」と群衆の狂気を宿した叫び声が聴こえてくる……」の言葉に迫力があり臨場感を感じます。大邸宅には当時の後藤新平をはじめとする要人が出入りされ酒席も設けられたものと思われます。昭和2年(1927)に鈴木商店が倒産した頃鈴木治雄氏は9歳くらいで強烈な印象はあまり残っていないのかもしれません?。現在の鈴木商店の当主は太陽鉱工株式会社の代表取締役社長・鈴木一誠氏(66歳)=鈴木治雄氏の長男でこの方の時代になると須磨の大邸宅の思い出もないものと推測されます。

鈴木商店の歴史は非常に興味深いものがあります。



Commented by credo at 2013-07-17 19:57 x
kobeport さま、seiyo39 さま

いろいろご教示ありがとうございました。お2人の記事に出会わなければ、鈴木よねさんのお屋敷跡とはつゆ知らず、少年時代の記憶にこびりつく、不気味なトンネル、で済ませてしまうところでした(汗)

寂しいことに、現在では、地元神戸市民の間でも、鈴木商店の名を知っている人は少なくなっているようです。

焼き討ちにあったかつての本店跡も、こべるんさんのルポ、http://koberun.blog56.fc2.com/blog-category-43.html では、貯金事務センターが解体されて間もなく更地に帰るようです。跡地にはタワーマンションとの推測もありますが、できればホテルなど、公共利用できる建物にしていただいて、壁にでも「鈴木商店本店跡」のレリーフを飾ってもらいたいですね。
Commented by kobeport at 2013-07-17 22:41
seiyo39さま、credoさま
こちらこそ、いろんな情報をいただき感謝です。
興味は尽きない鈴木商店です。

郵便貯金センターが建っていた時にも、何かちょっと
かつての鈴木商店がここにあったという表示がないものか
と探したりしました。
元町6丁目を出たところの付近地図には、元鈴木商店跡と
いう表示がありましたが、現地にもほしいです。

栄町3丁目の鈴木商店跡もまだ正確に特定できて
いないのですが、ちゃんと何か表示をしてほしいです。

神戸の誇る大商社の名が地元のものでも
知られなくなるのは寂しいことですね。(^^;

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